NHK プレミアム8 梁石日(ヤン・ソギル) 

人生の狂躁曲(きょうそうきょく)~梁石日が語る父と文学~


1936年、大阪市東成区中道で生まれる。
印刷会社の経営に失敗して多額の負債をつくり、32歳で大阪を出奔。仙台、東京などを転々。東京でタクシー乗務員をしていた頃に書いた小説『狂躁曲』(のち『タクシー狂躁曲』)をはじめとするタクシー乗務員シリーズがヒットし、作家の道を歩み始める。著書に小説『夜を賭けて』『血と骨』『ニューヨーク地下共和国』、評論集『アジア的身体』『闇の想像力』『異端は未知の扉を開く』など。

代表作『血と骨』はヤンソギルさんの父の生涯を描いたものだ。朝鮮には「骨は父より受け継ぎ、血は母から受け継ぐ」という家父長制度を象徴する言葉がある。死んで血肉は腐り果てても、最後に骨だけは残る。息子、跡取りに対して特別な思いがあるのだ。実はヤンさんにとっては、父こそが、目の前に立ちはだかる大きな壁になっていた。父との相克を通して「家族とは何か、幸福とは何か」を自らに問いかけることになる。

朝鮮半島が南北に分断された時代に思春期を迎えたヤンソギルさんは、徐々に社会主義や文学の世界に傾倒していく。マルクス思想や実存主義に感化され、自ら詩を書くようになった。そして、詩人・金時鐘と出会い、サークル誌「ヂンダレ」に参加、「政治的イデオロギー」や「文学」「在日」について、自分なりの理論を構築していくことになる。しかしその後、大阪を追われる事になり文学への思いは自ら封印することになる。

返せるアテもない莫大な借金をかかえつつ、自堕落な生活から抜け出せずにいたヤンソギルさんを救ったのは、日銭を稼ぐタクシー運転手という仕事だった。体を使って地道に得たお金で、自分自身はもちろん、家族や子どもを養うことができる、確かな暮らしを営みながら、精神は平静を取り戻していった。どん底からの復活を果たしたヤンさんは、再びペンをとり、長年離れていた世界に一歩足を踏み出すことになった。

日本人は、他者であるアジアと向き合おうとしない。だからいつまでたっても、アジア人としての日本人の姿形というものが見えてこない。「私(コリアン)も、あなた(日本人)もアジアの一員として存在している」ということを知ることが重要なのだとヤンソギルさんはいう。そして、格差社会がますます巨大化し、底辺に暮らす人々、特に女性や子どもたちにそのしわ寄せが集中している今、ヤンさんの眼は、日本だけでなく、世界に広がる深い闇を見つめている。冷戦後、社会主義や共産主義は幻想に終わり、資本主義が勝利したとも言われるが、確実に資本主義にほころびが現れてきている現在、ヤンさんは未来になにを託そうとしてペンを走らせるのか…。